(1) 禁煙による歯周組織への影響
禁煙による歯周組織への影響については、以下の報告があります。
歯周炎ではない喫煙者16名(男性、25.3 ± 4.0歳)の禁煙から1、3、5日後、1、2、4、8週後の歯肉血流量(GBF)と歯肉溝滲出液量(歯と歯肉の隙間に漏出した炎症性産物、GCF)を評価した報告です。その結果、ベースライン時の喫煙者のGBF率とGCF量は、非喫煙健常者(11名、24.4 ± 1.2歳)に比べ有意に低下していましたが、GBF率は禁煙3日後に有意に上昇し、5日後で非喫煙者レベルまで回復し、一方、GCF量は禁煙5日後に有意に増加し、2週後には非喫煙者レベルまで回復していました。
(2) 歯周治療に対する禁煙の効果
3群の歯周炎患者(非喫煙者28名、前喫煙者55名、喫煙者60名)において局所麻酔下でのスケーリング・ルートプレーニング(SRP)処置に対して、処置前と治癒後(処置3カ月後)の臨床的、細菌学的改善効果が比較されています。すなわち、非喫煙者と前喫煙者ではほぼ同程度の改善を示したのに対して、喫煙者群は、歯周ポケット(PD)減少量および減少率や臨床的アタッチメントレベル(CAL)獲得量及び歯周病関連細菌の1つであるPorohyromonas gingivalisの検出率は、他の2群に比べ有意に悪化していました。
従来、喫煙の蓄積効果のリスク(歯周病の場合、治療後のエンドポイントである歯の喪失リスク)が禁煙により非喫煙者のレベルまで減少するのに5~10年必要であることが示唆されています。歯の喪失リスクに関しては、ボストンの退役軍人789名(男性、非喫煙者264名、50 ± 10歳、前喫煙者283名、49 ± 9歳、喫煙者242名、45 ± 8歳)を1968年から最長35年間前向きに観察した研究で検討されています。すなわち、ベースライン時の喫煙者242名を、その後の禁煙者129名と喫煙継続者113名に分けて、3年毎に、現在歯数や歯周病所見を評価した結果、非喫煙者に比べて、喫煙者では、歯の喪失リスクは、2.1(95%CI 1.5-3.1)であったものが、禁煙1年後からそのリスクの低下が始まり、禁煙後10年で有意なリスクではなくなり(1.6(95%CI 0.9-2.9))、ほぼ同じリスクになるのが、13~15年になる(1.0(95%CI 0.5-2.2))というものです(図6)。
一方、別の大規模集団(男性の医師、歯科医師51,529名(40~75歳)を対象とした前向き調査)での同様の調査では、非喫煙者に比較して、喫煙者では高い歯の喪失リスクをもっているのですが、禁煙によりそのリスクが徐々に低下していくものの、10年以上経過しても、20%(95%CI 1.1-1.3)の歯の喪失リスクがあることを報告しています。
以上の報告をまとめると、喫煙者の歯肉微小循環は禁煙後の早い段階で回復し、喫煙により抑制されていた歯肉の炎症徴候や歯周治療後の治療反応性も改善し、歯周組織が早期に回復することが示唆されました。一方、アウトカムとしての歯の喪失に対する抑制には、10年以上が必要となります。
う蝕や歯周病、歯列不正などで訪れた歯科医院や病院歯科での禁煙支援は、現時点では、「歯科でまさか禁煙支援!」とは想定していないだけに重要です。
例えば、歯科医院を訪れた患者さんが一人、歯科での禁煙支援がきっかけで禁煙に成功したとします。もちろん、危険因子となっていた歯周病は改善され、口腔がんのリスクは減少し、味覚が正常となり、楽しい食生活となるでしょう。しかし、それだけではありません。お口(口腔)以外の全ての臓器も同様に、危険因子がなくなることで、色々な病気のリスクが減少します。さらに、同居する家族、友人、職場、道ですれ違う不特定多数の人々等の受動喫煙、三次喫煙もなくなり、計り知れないメリットだらけです。今まで、お口(口腔)の病気の危険因子で、このような波及効果のあるものはありません。
タバコから「大切なひとだけでなく、その周囲を守る」ため、今後は、歯科からも積極的に禁煙支援を始めます。